ブロガーのうーなです!
前回までの配信では、お母さんが毒親になった原因である宗教エホバの証人について書きました。
今回も前回の続きから物語りから進みます。
最初から「お母さんとわたしのものがたり」を読み進めたい方は下記からどうぞ。
うなものがたりは、毒親だったお母さんとわたしのお話しです。
こんな人におすすめの物語です。
- 家族との関係性に悩んでいる
- 親が毒親愛され願望が強い
- ノンフィクションが好き
数回に渡ってお母さんとわたしのものがたりを発信していきます。
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前回までのあらすじ
お母さんが宗教にどんどんハマって行きました。初めて出会ったエホバの証人は和子姉妹。聖書を学んでいったお母さんは家庭内のルールを少しずつ変えていきました。
1日最低5回は祈ること,集会と呼ばれるエホバの証人の集まりに週3回参加すること、時間は少しずつ奪われていきました。
今回の話の概要
宗教には数々の独自のルールがありますが、特にエホバの証人のルールは他と比べるとかなり厳しいものだと思います。
わたしが、エホバの証人の一員になって禁止されたことを紹介します。
今日はクリスマスなたどのイベントと誕生日についてです。
わたしたち家族には誕生日クリスマス正月お盆がなかった。
どれも子供にとっては楽しいイベントになるはず。
でもわたしには記憶がない。
盆と正月
沖縄県民にとって旧盆や旧正月はすごく特別なので、親戚一同が集まるがどんどん参加しなくなっていった。
家庭によって異なるが、仏壇がある長男家に行くか,お墓の前で飲んで食べるのが一般的だ。
お墓の前での酒盛りは失礼なことではなく、ご先祖様が帰ってきて一緒に酒盛りを楽しんで思い出話に加わるため。
エホバの証人のルールの中で仏壇やお墓の前でご先祖様に祈る行為は禁止されている。
これは先祖崇拝になるためだ。
ゴリゴリのエホバの証人だったお母さんは親戚づきあいをやめた。
わたしと弟はお父さんに連れられてお父さんの実家今挨拶に行っていた。
物心ついた頃にはお父さんの両親はどちらもなくなっていた。
親戚のおじさんとおばさんはいつも歓迎してくれた。
「よく来たねえ,おじいとおばあに挨拶してねえ。」
そう言われて、わたしたちは仏壇の前にひざまずくけど、お母さんから仏壇の前で祈ることが禁止されていたため、何も言えなかった。
子供の頃はそれが普通だと思っていたけど大人になって「あの時挨拶しなくてごめんね」っていう気持ちが残っている。
お正月
正月になると楽しみなのがお年玉。
エホバの証人になる前は親戚周りをしていたからお年玉はもらっていたが、エホバの証人になってからは「あけましておめでとうございます」という挨拶も禁止されていたため、人に会うことがなかった。
また,年賀状を出すこともしたことがない。
小学校低学年のころ、お母さんに友達に年賀状を出したい!と、めちゃくちゃ頼んで一度オッケーをもらったことがある。
条件は、年賀ハガキを使わないことと挨拶で「明けましておめでとう」と、新年の挨拶を言わないことだった。
10人ほどに出した年賀状がたぶん最初で最後。
クラスメイトは、わたしたち家族がエホバの証人だということを知っていた。
人と違うことをするといじめの原因になると思う。わたしはラッキーなことに学校でのいじめは特になかった。
クリスマス
学校ではないけど、一度近所の子どもたちに仲間外れにされたことがある。その原因になったのは、サンタさん。
わたしたち家族には、クリスマスは当然ながらない。キリスト教なのにクリスマス祝わないとか今となっては本末転倒だ。
クリスマスは、イエスキリストの誕生日を祝う日だが、エホバの証人の解釈は、イエスが誕生したのはクリスマスの日ではなく秋頃というもの。なので、エホバの証人にはクリスマスはない。
当然ながらサンタやプレゼント、ケーキやツリーの飾り付けなども一切ない。
あれは、わたしが5歳のころ、近所の子どもたちは、サンタさんからなにをもらうかという話題で持ちきりだった。わたしと弟もその話題に加わっていた。
お母さんからは、サンタさんがこの世にはいないこと、プレゼントは親からのものだということをすでに聞かされていたので、わたしは親切心から反論。
「サンタさんはいないんだよ!みんなのお父さんとお母さんがサンタさんなんだよ!」
「はあ?違うし!サンタさんいるし!」
「いないってお母さんが言ってたもん!!」
喧嘩勃発。(笑)
最終的にはわたしたちが悪い子だからサンタさんは来ないという結論になりまして、わたしたち兄弟はしばらくハブられるようになった。
わたしたち2人とも気にしなかったけど、言ってはいけないことは言うと人間関係が壊れるということを学んだ。
華やかなクリスマスが羨ましかったけど、うちは貧しいからできない、と言い聞かせていた。
まあ実際、貧しかったからね。
誕生日
祝ってはいけない日には、誕生日も含まれる。
お母さんから「誕生日おめでとう」と言われたことはない。
祝ってもらえないから、自分の年は忘れるし、お母さんですらも「あんた今いくつね?」って聞いてたから。(笑)
もちろん子供の頃は、ケーキもないし、プレゼントももらったことはありません。
ちなみに、お母さんからはこう説得された。
「聖書の教えの中で誕生日は祝ったらダメってあるから誕生日はしないよ。ケーキもプレゼントもないけど、年に一回の誕生日プレゼントより年に何回かサプライズでもらえるプレゼントのほうが嬉しくない?」
「嬉しい!!(単純)」
その年に何回かもらえるプレゼントは、キレイにラッピングされた靴下とかパンツなどの日常品だったけどな。
おもちゃもゲームも買ってもらったことはないけどな。
欲しいものは家事をやるともらえる小遣いがあったのでコツコツためて自分で買った。
おかげでお金に対する意識は強くなった!!
まとめ
エホバの証人の聖書の教えの中で祝うことが禁止されていることは、クリスマス、正月、お盆、誕生日だ。
こんなに禁止すれているのによくエホバの証人の一員になろうと思ったな~と驚いている。
まさに信仰心というやつですね。
今では、誕生日もクリスマスも正月も祝うようになって生活が更に楽しくなりました。お母さんからは、ラインで「誕生日おめでとう」と電話も来ます。
もし今でもエホバの証人の中いたら、こんなに生活が潤うこともはなかったし、笑顔を失くしたままだったと思います。
次回も、まだまだあるエホバの証人の独自ルールや禁止事項を紹介します。最後までご覧いただいてありがとうございました。
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